captain-asagaya’s blog

リアルヒーローの1年間の旅の記録

和束の茶農家で住み込みを初めて、よく母の夢を見るようになった。

過去最高の頻度。

おそらく、いつも食事や身の回りの世話をしてくださってるこちらの奥様から、無意識のうちに母を連想させてるんだと思う。

やさしくて人間味があり、温かい印象のある人。

こちらのご家庭はいくつかのボランティア団体と通じていて、色んな人がこの家にお茶刈りの体験をしに来る。

そうしてボランティアとして来た人たちが、その後何度もこの茶農家に帰ってくるそう。

よくわかる。それほど温もりを感じる家だ。

このご家庭に顔を見せに戻ってくる人たちも、奥様から母の姿を投影しているんじゃなかろうか。


ここに舞い戻るうちの1人に、自分もきっとなると思う。

ローガン

今までのXMEN・ウルヴァリンシリーズと毛色の違う作品。静かな逃避行と戦闘時のバイオレンス。そのギャップは大きく、観ていて飽きなかった。

ラストシーンはとても淡白。もう少しだけその後が観たかった気もするが、これで良いのだと思う。泣かせてこなかったところに好感が持てた。

今までウルヴァリンというキャラクターがあまり好きではなかった。だが、今作のミュータントとしての強すぎない力と人間臭さを見て大好きなキャラクターになった。プロフェッサーXはボケ老人になり、とてもお茶目になっていた。

XMEN・ウルヴァリンシリーズの中で間違いなく1番好きな作品。

ヒュー・ジャックマン、お疲れ様でした。

住み込み先の仕事がひと段落したので、ここ3日間くらい人手が足りない別の農家さんのところへ臨時で働いている。

タイ人の農家の見習いさんと韓国人のボランティアがいて、4人での作業。英語を使う機会が一気に増えて嬉しいし楽しい。


日差しがきつい上にけっこうなハードワークで、タイ人に「毎日やっててしんどくないの?」って聞いたらこんなこと言ってた。「趣味だから楽しいよ。全く苦にならない」

臨時で雇ってくれてる人も同じこと言ってた。カラダがもたないから休まなきゃいけないけど、好きだから仕事してしまうって。


やっぱりこの仕事が好きなんだなぁ。笑顔が多くてイキイキしてる。そういう姿を見てるとこっちまでいい気分になる。


思うに、この人たちはプライベートと仕事の壁がないんだと思う。


そしてそれは、起きてる時間を、人生を100%楽しんでる人なんだなって感じた。

美女と野獣

吹き替えの声優がエマ・ワトソンと野獣にフィットするまでに時間がかかったのと、いかにもなディズニーストーリーで話になかなか入り込めなかった。

が、そんなことは大広間でのダンスによってあっけなく覆された。花火のように幻想的な光の中でBEAUTY AND THE BEASTが流れ、2人きりで踊る光景は夢の中かと錯覚するほど美しかった。小道具や舞台セットも凝っていて芸術的だったが、それにも勝る演出だった。

序盤は吹き替えで観たことを失敗したと思ったが、エンドロール時にはそんな些細なことは問題になっていなかった。それほど良い作品だった。


本質を見ないで、外見と少しの扇動で野獣を「悪」と判断し、暴徒と化す町人たち。本物の野獣はどちらだろう。


カップルとJKの巣窟の中、男1人で観に行った。「男が1人でこの映画を観るなんて寂しくて醜いヤツ!」なーんて、そんな風に俺を見てた野獣はいなかったと思いたい。

仕事が単純作業だと、つい物思いに耽ったり過去のことを思い出してしまう。

今日は人生で1番嫌な出来事思い出してしまった。その件を思ったことは数えるくらいしかない。ずっとフタをしてたけど、ふと思い出してしまった。

もう2度と思い出したくねー。

忘れられればどんなにいいか。

無理だろうけど。


よくよく思えば、我慢してその出来事が起こってしまった。

我慢することは良いことと言われがちだけど、大体の場面で良くない結果になると思う。過労死、引きこもり、イジメの苦で自殺...

我慢が必要な時はもちろんあるけど、実はそれほどその場面は多くないんじゃないか。


我慢しない勇気。

俺はもう我慢しねー。

紅葉が綺麗な紅葉を見た。葉のオモテから見るよりも、裏側から空を見上げるとめちゃくちゃ綺麗だった。角度を変えてモノ見ると違うモノが見えることあんのね。


コウヨウとモミジって漢字同じなのね。

BACK TO THE FUTURE

バックトゥザ・フューチャー(BTTF)が映画館で復活上映されたことがあった。30年前の作品なので中年の観客が多いと思いきや、思いの外2030代が多かった。この作品が時代を超えても評価されているのだと実感した。

物語は主人公のマーティが親友で科学者のドクを救うために、タイムマシンに改造されたデロリアン1985年から、1955年に遡るというSF映画。

何度も観ていて結末は知っているはずなのに未だにハラハラするのは何故だろう。それはBGMの影響が大きいと思う。子どもの頃に遊園地や水族館で味わう高揚感と同じものを、BTTFのテーマ曲は持っている。そんな童心を思い出させてくれるような音楽が、手に汗握るエキサイティングなシーンでかかって興奮しないわけがない。

他に映画を盛り上げる大きな要因の一つが、魔改造された車・デロリアンである。この車をタイムマシンに選んだことは英断だ。超型落ちの車だが、ガルウィングでカクカクの尖ったその車体はTHE・アメ車で、今見てもカッコいい。仮にこのビジュアルで現代の車と同性能ならば、多くの人はこっちを選ぶだろう。そのデロリアンが、タイムトラベルをするための近未来的なイカす装置をいっぱい詰め込み活躍するのだ。このクルマが大暴れするシーンに大人も子供もワクワクしないわけがない。

デロリアンも魅力全開だが、登場キャラクターもみんな楽しくていい奴らだ。うだつが上がらないけど明るいパパ、マーティと随分歳が離れているけど対等な友達として接するドク、嫌な敵キャラのビフまでもどこか愛くるしい。こんなキャラクター達が物語を和やかで底抜けに明るいものにしてくれる。

ただ、究極のご都合主義な映画であることは間違いない。主人公は幾度も危機を迎えるが全て上手くいくし、最終的には並の映画をはるばる超えるハッピーエンドを迎える。その点を気にする人もいるかもしれない。しかし、BTTFはただの単純なおバカ映画では決してない。寝っ転がって何も考えずに観ることができる映画でもあるが、タイムトラベルというジャンルである以上深い考察もできるし、ラストシーンのドクの何気ない一言もよく考えれば誰の人生においても深い意味を持っていると気づく。伏線も多く張っており細かい描写が多い。例えば、マーティがタイムスリップした1955年には時計台の上には無い像が1985年には設置してある。また、物語中盤で登場するダイナーで働く黒人の青年は、冒頭で市長になっていることがさりげなく明示されている。これ以外にも小ネタやトリビアが数多く存在していて、観るたびに新しい発見のある映画になっている。こういった遊び心も何度も観られる作品になった要因の一つだろう。

BTTFのテーマが流れるエンドロールを終え、席を立つ時の会場の観客の反応を見る。みんなにこやかな表情だ。30年以上前の作品にもかかわらず、未だに多くの人から愛され続けている。それほど熱い興奮と感動がこの映画にはぎゅうぎゅうに詰まっている。まさに映画界からのプレゼント的な作品なのだ。